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大阪地方裁判所 昭和49年(わ)2647号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は「被告人は法定の除外事由がないのに昭和四九年八月三一日午後六時ころ、大阪市南区河原町一丁目一五三七番地ときわパチンコ店内において、フェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末耳かき八杯くらいを水に溶かしたうえ自己の身体に注射して使用したものである。」と謂うにあり、検察官はその証拠として、被告人の右事実を自白した捜査官に対する供述調書のほか、補強証拠として右公訴事実に記載された覚せい剤使用の日の翌日である昭和四九年九月一日に被告人から尿の任意提出を受けこれを領置した旨の任意提出書と領置調書および右領置にかかる被告人の尿を鑑定し、その尿中に覚せい剤の成分が含有していた旨の鑑定嘱託書と鑑定書を各提出し、弁護人において右鑑定嘱託書の一部の記載を除きいずれもこれを証拠とすることに同意しているところである。

しかしながら弁護人は右尿の押収手続は被告人が捜査官から不法な拘束を受けたうえで提出を強いられたものであるから右の押収手続は違法であり従って右違法な押収手続に基いて作成された前記の補強証拠はいずれも証拠として利用できないものであると主張しているので検討するに、証人垣田順一と被告人の当公判廷における各供述によれば、本件被告人の尿を押収するに至った経過について次のような事実が認められる。すなわち

昭和四九年九月一日午後二時三〇分ころ、覚せい剤密売ないし売春事犯取締の目的で同事犯の多発する大阪市天王寺区生玉町付近のホテル街をパトカーで警ら中であった大阪府警察第一方面機動隊垣田順一巡査ほか一名は、付近のホテル「蝶」から乗用車で出て来た被告人を発見し右事犯関係者と認めて尾行中、たまたま被告人が一旦停止を定めた交差点で同停止を怠たり進行したので停止を求めて警告したが、その際同人の挙動、顔色等から覚せい剤使用者であるとの疑いを抱き職務質問を開始し、その際同人の腕に注射痕のあることも発見したので同容疑を深め同人から尿の提出を求める目的で最寄りの天王寺警察署まで同行を求めパトカーに同乗させて同警察署に同行し同警察署において排尿させその提出を受けてこれを押収したものであること、垣田巡査は、被告人に右同行を求めた際同人が見逃してくれと言って同行を拒んだうえ次第に昂奮状態となり同人から胸元を押されるなどの態度に出られ、また通行人も集まって来たため他のパトカーの応援を求め間もなく到着した二台のパトカーの乗務警察官らの協力を得ながら被告人をパトカーの後部座席に乗車させるべく、乗車を拒もうとする同人の両手を押え、ついで一方で片手を押え一方で同人の背中を押して同座席中央部に乗車させ引き続いてその左側に乗車して同人の片手をにぎり反対側ドアから他の警察官も乗車して被告人をはさむ恰好で着席しそのまま前記警察署まで同行したこと、さらに垣田巡査は同警察署において直ちに被告人に排尿を求めたがその排尿を得られなかったため同人に湯茶を飲用させたうえ約一時間後に排尿を得てその提出を受けこれを押収したのち同人をして帰宅せしめたことがそれぞれ認められる。

以上の事実からすれば、被告人が垣田巡査らから任意同行を求められた際その意思に基いてこれに応じたものとは到底認められず、むしろ逮捕と同一視できる程度の強制力を加えられて前記警察署に連行されたうえ尿の提出を求められた結果これに応じて排尿のうえ提出するに至ったものと認めざるを得ない。

ところで覚せい剤使用の有無を確認するため容疑者の尿を分析し覚せい剤成分含有の有無を調査することは同事犯の捜査方法として通例多く行われているところであるが、この場合事案の性質上単に尿の存在、形状等にとどまらず排尿者、排尿日時の確定が同事犯の捜査上極めて重要な意味をもっているものであるから、本件のように容疑者を警察署等に出頭させ捜査官立会のうえで直接容疑者に排尿を求め直ちにその提出を受けてこれを押収するような方法をとることも従って首肯できるのであるが、かかる場合の押収手続においては容疑者の出頭を確保することが尿の押収による前記捜査の目的を遂げるうえにおいて必要で、かつ重要な意味を持つものであるから一連の過程として考察することを要し、従って右押収手続の適法性を判断するうえにおいて右出頭確保の段階を全く除外して検討を加えることは適当でないといわなければならない。

本件において被告人に対してなした出頭確保の段階に前認定のような強制力行使による違法の存する以上、その状態の下において引き続いてなされた被告人からの尿の押収はそれが一応被告人自身の排尿提出にかかるとしても結局実質的にみて強制に基く押収と何んら異るところがないと認めるのが相当であって違法な押収といわざるを得ず、その違法は令状主義を定めた憲法三三条、三五条および刑事訴訟法上の諸規定の趣旨を失わしめる程度に重大なものであるから、かかる手続によって収集された前記各証拠を罪証に供することは、刑事訴訟における適正手続を保障した憲法三一条の趣旨に照らし許されないものと解すべきである。

しかして本件にあっては罪証に供し得ない右証拠を除いては被告人の前記本件公訴事実の自白を補強すべき何らの証拠も存しないので、結局本件公訴事実はその証明がないことになる。

よって刑事訴訟法三三六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山田敬二郎)

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